2005年4月アーカイブ

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1) $paginate_current_page = 1; $paginate_sections = array( 0 , 4); $paginate_top_section = $paginate_sections[$paginate_current_page-1]+1; $paginate_bottom_section = $paginate_sections[$paginate_current_page]; } else { $paginate_top_section = 1; $paginate_bottom_section = 4; } if(isset($_SERVER['QUERY_STRING'])) { $paginate_self = '&' . $_SERVER['QUERY_STRING'] . '&'; $paginate_self = preg_replace("/&page=[^&]*&/", "&", $paginate_self); $paginate_self = preg_replace("/&page_section=[^&]*&/", "&", $paginate_self); $paginate_self = substr($paginate_self, 1, strlen($paginate_self) - 1); if($paginate_self == '&') $paginate_self = ''; else $paginate_self = htmlentities($paginate_self); } else { $paginate_self = ''; } $paginate_self = basename($_SERVER['PHP_SELF']) . "?${paginate_self}page"; ?>

ヒュウガ・ウイルス/村上龍

 

五分後の世界の小田桐のその後の話が読みたかったけど、
まあ設定世界は同じ。

「父はいつもこういうことを言った。ジャン、何かを見つけなさい。私から音楽をとったら身勝手でだらしないただの怠け者だよ。音楽さえやっていれば徹夜も平気だしすぐ元気になれるし、自分のことを嫌わなくてもすむ。母さんはそういうものがない。でもあの人はいいんだ、女はね、競争心がないんだ」

「ずっと一緒に戦ってきた仲間の一人がからだ中から出血して死にかけているとき、それを悲しいと思わない兵士はいない。彼らは深く悲しんでいる。だが、悲しいと言わないし、悲しい表情も作らない。悲しい悲しいと叫び大声で泣くことによってミツイが助かるならば彼らはそうするだろう。UG兵士はシンプルな原則で生きている。最優先事項を決め、すぐにできることからはじめ、厳密に作業を行い、終えると次の優先事項に取り掛かる。悲しいときにただ悲しい顔をしていても事態の改善はないことを彼らは子供の頃から骨身にしみて学んできたのだ。」

5分後の世界/村上龍

 

設定がおもしろい。
戦闘などそのシーンが映画を見ているように想像できる文章。

「負傷しても決して死ぬことはないと思え。実際、頭と心臓以外だったら撃たれても人間は死なない。両足を吹っ飛ばされてもオレ達がちゃんと目的地まで運んでやるから安心しろ」
そういってミズノ少尉は笑った。なんてわかりやすい説明なんだ、と小田桐は思った。

4TEEN /石田衣良

 

IWGPとかに比べると、いつものキレとテンポよさが目立ってないけど、
相変わらず、さらって読める楽しい話。
14歳の少年の話を書けるところがすごいね。

やがて哀しき外国語/村上春樹

村上氏が約二年半、アメリカのプリンストンに住んでいたときの話

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梅干し弁当持ち込み禁止・大学村スノビズムの興亡・アメリカ版・団塊の世代
アメリカで走ること、日本で走ること・スティーヴン・キングと郊外の悪夢
誰がジャズを殺したか・バークレーからの帰り道・黄金分割とトヨタ・カローラ・元気な女の人たちについての考察・やがて哀しき外国語〔ほか〕

忙しくても仕事がきつくても、その当時は全然苦痛ではなかった。・・・「好きなことをやっているんだから、だいたいそれでうまくいくだろう」というのが僕の基本的な姿勢だった。

とくに僕は終始一貫して「自分は自分、他人は他人」という考え方で生きている人間なので、そういう風に何もかもジェネラライズされてしまうと「そういうものかね?」といささか懐疑的にならざるを得ない。・・・でも居直るわけではないのだけれど、いったい誰の人生が間違っていないのだろう。

若いうちは、時間はいくらでもあるし、未知の言語を習得するのだという熱のようなものもある。そこには知的好奇心があり、何かを征服してやろうという昂りがある。新しい種類のコミュニケーションに対する期待もある。一種の知的ゲームでもある。でも四十を越して、この先どのくらい有効年月が自分のために残されているかということをそろそろ気になってくると・・・自分にとってもっと切実に必要な作業があるのではないかという気持ちが先にたってくる。そして、そいういことが気になりだすと、語学の勉強というのはなかなかできない。

僕の経験から言うなら、外国人に外国語で自分の気持ちを正確に伝えるコツは・・・
1.自分が何を言いたいのかということをまず、自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントをなるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること

だいたい頭を後ろにそらせて髪を洗うなんてていうことは、人間性に対する大いなる侮辱であるように僕は感じていた。だって、髪を洗われている時の人間の顔なんて絶対に馬鹿みたいなものだし、そんなものを上向きに世間に晒すのは恥辱以外のなにものでもないじゃないですか。

そういういろんなことがパッとうまく結合する啓示的な瞬間がいつかめぐってくるはずだと思う。まあ少なくとも、そういうことがきっと起こると思っていたほうが人生は楽しいじゃないか?

十人のうち八、九人が「まあ悪くないな」と思うより、大部分の人が気に入らなくても十人のうち一人か二人が本当に気に入ってくれる方がかえって良い結果をもたらす場合だってある。

僕は昔から、他人に与えられたものに対してどうしても真剣に取り組めないという困った傾向がある。

慣れないことは下手にやるものではない。するっとできることはするっとできるうちにやっておきなさい。

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