後になって
撮影したデジカメの時刻を見てわかったことだが、
30分休み無く泳ぎ続けていた。
家に近づき、海底がまた浅くなり
ようやくプランクトンのみの海中から
珊瑚礁が見え始める。
電気のケーブルのような物が海底に見える。
その直後、トタン屋根のようなもの海底に沈んでいるのが見え
悪い予感がし、
水面から顔を上げると、白い家は完全な廃屋だった。
家に上がるためのはしごの名残のような棒があり、
それがオーブンであったことがかろうじてわかるような
代物の残骸がある。中で休むどころか
上がることすら出来ない。
一瞬唖然とする。
しかしその光景は想像以上に僕の何かを刺激し、
また家の残骸の浅いリーフに集まった魚たちが
ここまで30分泳ぎ続けてきた(そのときは30分も
泳いでいたことは認識していない。
ただかなり長い時間、というだけだ)
疲れを不思議と吹き飛ばした。
おそらくここで生活、あるいはピクニック出来るように、
かつては電気も通っていたのだろう。
しかし今では壁も無い、珊瑚礁に足を出した単なる人工物だ。
結局、珊瑚の死骸と思われる物の上に足ひれで
苦労して立ち、休憩とも言えない休憩をしながら写真を写す。
しかし30秒後くらいに波が来て水中に倒れ、
リーフの端だったせいでかろうじて珊瑚にぶつからず
(おそらくここで珊瑚にぶつかってケガでもしていたら
帰れなかっただろう)
そのまま引き返した。
しかし今度は、沈んでゆく太陽のせいで
まぶしく、目的のバンガローの位置が本当にかなりつかみにくい。
しかも日が沈んでしまえば、相当な恐怖感、珊瑚への接触によるケガ
などが考えられてナーバスになるが、太陽の位置からも
まあ日が沈むまではまだ時間があるだろうと考え直す。
行きの時点で運動をしていない僕の足はかなりの疲労を
訴えていたが、風向きが陸に向かっていたことで
精神的な安心感があり、足をだましだまし泳ぎ続ける。
平泳ぎにしてみたり、バタ足にしたり、あるいはバタフライのように。
今となっては廃屋で休憩しようとしてビニール袋に入れてきた
タオルとおやつが水中で大きな抵抗になり、
疲労感が何倍にもなる。
10分で行けるってどういう事だろう
という疑問も抱きつつ、泳ぎ続けて28分、
ようやく珊瑚礁が見えてきて、何故か×印になった金属のポールが
海底に刺さっているのを見ながら通過し、バンガローに到着。
ほぼ休み無しで1時間泳ぎ続けたことになる。
足ひれによる負荷で、バンガローへのはしごを上がるのが
つらい。
体は冷え切り、やっとの思いでシャワーを浴びて体をあたためる。
そこで冒険は終わった。
エミクロくんがちょうど起きていて、
「すげー遠かった。
あそこエミクロくんと行ったら絶対たどり着けないよ。
俺泳ぐの速いけど相当かかったもん」
「え?
どこいったの?」
「いやあそこの白い家のところだよ。やっぱめちゃ遠いよな
(このとき目視で1kmはあると確認)」
「ええええええええどこいってんの!!」
「いやほら、綺麗だって日本人スタッフの人が言ってたじゃん。」
「それそこだよ!!!(かなり手前のラグーンを差す。)」
「まじで?」
と言うことで、遊泳禁止エリアだったぽい。
後日、こういった白い家が海上に無数に浮かんでいるのを見た。
飛行機からですら見える。陸地まで船で30分以上もかかるような場所に
こういった小屋があるのは見ているだけで何か不思議な気持ちになってくる。
後になって
撮影したデジカメの時刻を見てわかったことだが、
30分休み無く泳ぎ続けていた。
家に近づき、海底がまた浅くなり
ようやくプランクトンのみの海中から
珊瑚礁が見え始める。
電気のケーブルのような物が海底に見える。
その直後、トタン屋根のようなもの海底に沈んでいるのが見え
悪い予感がし、
水面から顔を上げると、白い家は完全な廃屋だった。
家に上がるためのはしごの名残のような棒があり、
それがオーブンであったことがかろうじてわかるような
代物の残骸がある。中で休むどころか
上がることすら出来ない。
一瞬唖然とする。
しかしその光景は想像以上に僕の何かを刺激し、
また家の残骸の浅いリーフに集まった魚たちが
ここまで30分泳ぎ続けてきた(そのときは30分も
泳いでいたことは認識していない。
ただかなり長い時間、というだけだ)
疲れを不思議と吹き飛ばした。
おそらくここで生活、あるいはピクニック出来るように、
かつては電気も通っていたのだろう。
しかし今では壁も無い、珊瑚礁に足を出した単なる人工物だ。
結局、珊瑚の死骸と思われる物の上に足ひれで
苦労して立ち、休憩とも言えない休憩をしながら写真を写す。
しかし30秒後くらいに波が来て水中に倒れ、
リーフの端だったせいでかろうじて珊瑚にぶつからず
(おそらくここで珊瑚にぶつかってケガでもしていたら
帰れなかっただろう)
そのまま引き返した。
しかし今度は、沈んでゆく太陽のせいで
まぶしく、目的のバンガローの位置が本当にかなりつかみにくい。
しかも日が沈んでしまえば、相当な恐怖感、珊瑚への接触によるケガ
などが考えられてナーバスになるが、太陽の位置からも
まあ日が沈むまではまだ時間があるだろうと考え直す。
行きの時点で運動をしていない僕の足はかなりの疲労を
訴えていたが、風向きが陸に向かっていたことで
精神的な安心感があり、足をだましだまし泳ぎ続ける。
平泳ぎにしてみたり、バタ足にしたり、あるいはバタフライのように。
今となっては廃屋で休憩しようとしてビニール袋に入れてきた
タオルとおやつが水中で大きな抵抗になり、
疲労感が何倍にもなる。
10分で行けるってどういう事だろう
という疑問も抱きつつ、泳ぎ続けて28分、
ようやく珊瑚礁が見えてきて、何故か×印になった金属のポールが
海底に刺さっているのを見ながら通過し、バンガローに到着。
ほぼ休み無しで1時間泳ぎ続けたことになる。
足ひれによる負荷で、バンガローへのはしごを上がるのが
つらい。
体は冷え切り、やっとの思いでシャワーを浴びて体をあたためる。
そこで冒険は終わった。
エミクロくんがちょうど起きていて、
「すげー遠かった。
あそこエミクロくんと行ったら絶対たどり着けないよ。
俺泳ぐの速いけど相当かかったもん」
「え?
どこいったの?」
「いやあそこの白い家のところだよ。やっぱめちゃ遠いよな
(このとき目視で1kmはあると確認)」
「ええええええええどこいってんの!!」
「いやほら、綺麗だって日本人スタッフの人が言ってたじゃん。」
「それそこだよ!!!(かなり手前のラグーンを差す。)」
「まじで?」
と言うことで、遊泳禁止エリアだったぽい。
後日、こういった白い家が海上に無数に浮かんでいるのを見た。
飛行機からですら見える。陸地まで船で30分以上もかかるような場所に
こういった小屋があるのは見ているだけで何か不思議な気持ちになってくる。
12/30.
勘違いによる冒険というのも悪くない、という例。
ボラボラ島からManihi Pearl Resortに到着して
水上バンガローに案内されると、
すぐさま目の前に珊瑚礁が広がる。
目の前どころか部屋に備え付けのガラステーブルの下にも
珊瑚、無数の魚が泳いでいる様子が見える。
日本人スタッフに、あそこまで泳いで行かれると、シュノーケリングの
絶好のスポットですので。10分くらいで行けますよ~と説明を受ける。
この時僕は海の上に浮かぶ白い家に心を奪われ、
その白い家周辺まで泳いでいけるものと完全に勘違いした。
遠近感が曖昧なものの、目視で1kmほどあるその白い家は
後で考えれば当然10分で泳ぎ着ける代物ではない。
しかも、途中には簡易的な灯台もありボートの航路であり、
当然遊泳禁止区域だった。
しかし勘違いした僕はそこまで泳いであの家で休憩する
という事をやってみたくうずうずしてしまったため、
疲れて眠ったエミクロくんが起きるのを
羊をめぐる冒険(下)を読んで待っていた。
しかし読み終わっても起きる気配が無く、
無理矢理行くよ!と起こしても
無理コフ、と言うエミクロくんを置いて
1人で挑戦することにした。
泳ぎはじめると魚たちが戯れる珊瑚礁のある浅瀬がすぐに終わり、
エメラルドグリーンからブルーに海の色が変わる。
水温も若干下がり、浮遊するプランクトンが非常に多いせいで
透明度はかなり低めだ。5mといったところだろうか。
波も若干強まってくる。
遠方の白い家を目視ししばしば方向転換をし、
休むことなく泳ぎ続けるが距離は縮まらない。
それどころか、
手前で目に焼き付いた長い鼻の顔のような気持ちの悪い魚が
目の前を横切ったような気もするし、
あるいは幻覚のような気もする。
無数の大小様々な浮遊物のせいでそれが最初魚なのか
魚の目なのかハッキリしないのだ。
今にも後ろから何かが出てきそうな気もするし、
下から出てきそうな気もする。
どれだけ深いのかも全くわからない。
かなり長い時間と思われる時間、
浮遊するプランクトンの移動量だけで
自分の移動距離を測る泳ぎは
想像以上に体力を消耗する。
近づいてきた家は、
思った以上に海面から高さがある。
休憩できるのか不安になるが、
波がありまともに見続けられない。
立ち泳ぎは体力を消耗するだけで前に進まないので泳ぎ続ける。
続き>>
Tahiti - Manihi Pearl Resort house on the sea 02
本を買いに駅まで歩いている夕暮れの飯田橋で
日の沈む時間、街並みを見ているとつい
これは切り取るべき瞬間だな、と思ってしまう
α700で写真を撮って見てからの「カメラ目線」だ。
実際に今自分自身が見ている世界よりも遙かに
クリアな画像をカメラが捕えているのを見ると、
何が本物なのかさっぱりわからなくなる。
マンションの屋上に上がり、数枚写真を撮ってから
さらに上への道を見つける。想像以上の恐怖感が
少し上がるだけで膨らむ。
なんなんだろう、完全に安全なのに。
この建物を建てた人たちは本当にすごい。
石川直樹の写真@スカイザバスハウス。
SCAIのサイトでサムネイルを見てこれは実物を
見たいと思い1人で谷中へ。
実物の写真は、日の光が良く入るスカイザバスの中では
さほどインパクトがない。というのも、真っ白の壁に真っ白い氷山。
コントラストが足りないのだ。
しかしそれ以上に、サイトには掲載されていない写真が心を打つ。
グリーンランドという極寒の地に住まう人たちと犬、流氷、白銀の世界
それととてもカラフルな家々、あるいは寂れたホテル
こういう本当に何もないと思えるような場所にどうして人が住みだしたのか
不思議だけど、
何もないだろうと思える場所に行ってみたいと思う。
思わず写真集購入。
タンザニアで山に登って言えることは、
登ってみなくては見えない景色があるということだ。
この写真を見ていると思わず雪山に登ってみたくなってしまう。
それとは別に置いてあったNEW DIMENSIONという写真集もいい。
エベレストもう登頂済み。冒険家なのだ。